TADA : どうだい?綺麗だろう。そしてこの美しい景色。
ujiie : 今年はやけに桜の開花が早くて、ここ小川町の廃校になった小学校で、この美しい桜を見ることができるのか心配したけど、間に合ったな。来てよかったよ!雨あがらないかなあ。
TADA : 昔から雨男だったもんな。
TADA : 連載一回目の「縁をつなぐもの」http://www.tad-a.com/2012_05/index.html)に詳しいけど、俺が長年勤めた大手電機メーカーを退職。新しく始める事業のロゴマークや名刺を幼なじみの氏家(アートディレクターの氏家啓雄)に頼みに行ったら、なんと入院中。見舞いに行きながら打ち合わせを重ねたよな。そこで氏家から出て来たのが「アグリキュレーター」という新しい職名。そして俺の苗字をママ使ったTADA(Technology Agriculture Design Associate) という会社名だった。
ujiie : ロゴマークは田んぼの田の字、四角が4つ。多田の田。4つの四角はT.A.D.Aとそれぞれを表してる。なにかゾクゾクするような始まりだったな。
TADA : 氏家が突然に「活版印刷で名刺を作ろう」と言い出したものだからびっくりしちゃって。「縁をつなぐもの」http://www.tad-a.com/2012_05/index.html)にあるように俺の祖父が八丁堀で印刷工場をやっていたことをなぜ知っているの?と驚いてしまった。そして名刺を頼みに行った銀座の中村活字さんがなんと祖父の知り合いでと、いろいろなことが繋がり始めた。
ujiie : 入院中は妙なものがいろいろ見えるものさ。(笑)TADAのトップページのデザインと多田のおじいさんがやってた昭和の印刷工場と、文字組み表現と言う点で時代を超えて繋がってるんだ。縦横、自由自在にね。
TADA : あれから一年。農に関わる様々なことをキュレーションした一年だった。
ujiie : 今、食の安全を語る上では、放射能の問題抜きには何言っても説得力が無い、ということになり昨年末に福島第一原発周辺の除染作業中の農地を見に行くことになった。「楢葉町」(http://tad-a.com/special/index.html)多田はあそこでどんなこと考えた?
TADA : 一言では言い現せないな……。電機メーカー時代は原発の部品も作っていた部署にいたしね。でも、サラリーマンを辞めて農業で新しいことをしようと思ったのは、子供達の世代に何を残せるのか、自分は何をしてきたと説明できるのかという問いが、どうしても消えなかったからね。あそこに立って、改めてその問いを、強く思い出したよ。
ujiie : 被災した農地を、次の世代にどうやって残していくかってことか。
TADA : そんな大それたことはとても考えられないよ。あの事故をキッカケに日本の食やエネルギーということを考えるようになり結局自分のできることを、できる範囲で始めていくよりほかないんだと悟った、と言えばいいのか……。重かった。
ujiie : それは、自分が責任を持って行える範囲のことを、自立してやる、ということかな。
TADA : 自分が目指すものの基本はいつでも「自立」だったからね。
ujiie : エネルギーの自立」(http://tad-a.com/index.html)を始め、エネルギーだけでなくいろんな「自立」の話をブログで書いてるよね。
TADA : 地域の自立、グローバル企業からの種(たね)の自立、個の自立。種の自立は、「個の自立」の原点だと思うんだ。地域社会というのは、自立した個によって成りたっている。そして自立した個の集まりである地域は強い。すると、弱い個と言ったら失礼ですが、たとえば障がいを持った方なども内包し、自立して生きていける。むしろ自立した個であるからこそそこに初めて「多様性」が生まれると思うんだ。
ujiie : ちょいと難しいぞ。
TADA : じゃあ「自立した種」である在来種の話を絡めるとわかりやすいかな。在来種というのは、F1という現在世界で流通している均一な種とは違って、その土地の風土に根ざした「強い」種だ。これはF1のように、同じ形に育つ、つまり市場価値が高いわけではないけども、地域の「多様性」そのものなんです。だって、その土地によって出来る野菜が違うわけだし、同じ種類の野菜でも多様な形に出来上がるわけだから。
ujiie : なるほど、「多様性」がキーワードだね。
TADA : 多様性のもつ最大の効能はリスクヘッジさ。自然環境というのは、多様性によって全滅の危機から逃れている。F1みたいな均一な種は、ひとつ病気が発生すると、一気にやられる可能性があるんだよ。在来種を守ることは、昔は農そのもの、個の自立そのものでもあったとも言えるんだ。そして、自立が多様性を守り、全滅のリスクを分散させていた。種の自立が個の自立の原点と俺が言ったのは、そういう意味よ。
ujiie : 多様性こそが最も有効な生き残り戦略で、そのためには根本である個が自立していなければならない。ということが言いたいのだな。
TADA : そのためにも、農や食の様々な分野に首を突っ込み、広い視野で見渡してみて、どの方向へ行くべきかをずっと考えてきたんだよ。で、俺のなかに「有機な生きかた」という言葉があった。これは、氏家が入院中に体験したような直感と同じでね。
ujiie : 出たね、有機な生きかた。これが多田のキーワードだけど、一体どういうもの?
TADA : ひとつは自然環境と「共生」する生きかた。そして、もうひとつは自立した個としてある生きかた。
有機農法を考える上で、俺にとって偉大な師となっているのが、さっき言った霜里農場の創始者である金子美登さん。「本物の有機農法」と循環型社会を農場で実現している。金子さんのお話を伺っていると単に農法という方法論やノウハウを言っているのではなく、生きていく為の哲学を語っているように聞こえるんだよね。
TADA : 野菜は「土作り」と「品種」で決まると金子さんに言われたんだよ。有機物を土に入れ、これを微生物が分解して、田畑の虫、小動物などがそれぞれの役割をもちながら共生している。いわゆる「生物多様性」。金子さん流にいうと「害虫、益虫、ただの虫」このバランスが大切と。最も害虫なんてのは人間の立場からみて言ってるだけで自然のサイクルのなかでみな共生しているんだけどね。
ujiie : 有機農法も「多様性」のなかで成立するわけか。
TADA : そう。この有機物も、近くの里山の落ち葉が必要で、落ち葉をくれる落葉広葉樹を維持管理するためには、人が雑木林の管理をしなくちゃならない。なんて風に見てみると、有機農法というのは畑だけのことじゃなくて、里山や地域社会の生活そのものだってことが分かってきたんだ。
ujiie : 自然環境と人とが共生するということかい?。
TADA : まさにそうだ。それを「有機的なつながり」と言い換えることができる。そこに化学物質が入り込むことで、絶妙なバランスが崩れてしまう可能性があることは、想像できるだろ?だから有機農法は化学肥料や農薬を嫌うんだよ。
今の農業は自然環境とかけ離れてしまってる。けれど、農業は自然との共生あってのものです。この「共生」が、「有機な生きかた」のひとつの答えさ。
ujiie : 残りのひとつである「自立した個であるという生きかた」だけど、「自立」と「有機」は、どう繋がっているの?
TADA : 最初に、無自覚にというか無批判に自分が原発の部品製造に加担していたと話したけど、あの事故があった時、会社の方針だから、仕事があるからと、自分を取り巻く環境について関心をもたなかった自分に愕然としたのさ。これこそ依存の最たる例でね。会社に依存し、コントロールされていることに全く気づいて無かった。常に自立していることは自分の信条だったのだけど、俺の自立は単に、経済的なものでしかなかったと、気付かされたんだ。
ujiie : 経済的な自立をしていれば、普通は立派な「自立した人生」と考えるが、それだけではダメだったと。
TADA : そんな時に、金子さんの「内部化」という哲学を知った。身の回りにあるものを循環させるという意味。これが、金子さんの言うところの「有機な生きかた」であり「自立」。そこにあるものが様々に循環して人の寝食を助け環境を豊かにする。その底を支えるのが「有機」なんだ。俺は元々自立していたいという信条を強く持ってたから、興味を掻き立てられた。単に自立しているだけでなく、自立した個がお互いの役割を持って有機的に繋がって社会をつくるという生き方というか。
ujiie : でも多田は技術畑の出身だから、ハードの革新が必要な植物工場や、数値で管理できる従来の農法のほうが向いてるんじゃない?
TADA : 俺もそう思うよ。どちらも地域活性に使えるし。でも、そこには多様性がない。そういう農業には、未来を感じられない。少なくとも、俺の生きかたとは違うと感じたんだ。
ujiie : 多田の求める「有機な生きかた」は、ここ霜里農場にあるということか?
TADA : はっきり断言は出来ないが。農場というよりこの地域の中に入ってしっかり体験してみたい。いや、しなくちゃいけない。この1年でそう強く思うようになったのよ。
なので、小川町では貸し農園で野菜を作ったり、日本酒の生産体験をしたりすることから始めて、一歩踏み込んで廃校利用の活動に関わるようにもなったんだ。
ujiie : 本格的に踏み込む地ならしはできたんだね。では、これからはしばらくここで「有機な生きかた」にどっぷり浸かってみるわけだ。
TADA : この1年、アグリキュレーターとして「農をデザインし直す」「GAPの導入支援」といった生産者に直接コミットする活動、「食のリノベーション」「物語を売る」などのマーケに関する情報をキュレーションしてきてさ。これからは、霜里農場のモデルをもっと具体的に学びながら、地元地域への展開を図る活動に入りたいと思ってるよ。
ujiie : このサイトは、今後どうするんだい?
TADA : 新しい活動に集中しながら、近況報告を掲載できたらと考えてる。
霜里農場の農園に、在来種を植えたんだよ。どんな野菜が育つか、ワクワクしてるんだ。
ujiie : この素晴らしい景色の中、夏にはどんなにか美味しい野菜が育つか楽しみだよ。
TADA : 是非。食べにこいよ。(笑)
ujiie : いいね!(笑)          
ujiie : 春の小川は、さらさら行くよ。
岸のすみれや、れんげの花に、
すがたやさしく、色うつくしく
咲けよ咲けよと、ささやきながら。 ♫
2番忘れたよ。
TADA : 春の小川は、さらさら行くよ。
えびやめだかや、小ぶなのむれに、
今日も一日ひなたでおよぎ、
遊べ遊べと、ささやきながら。♫
だね。
TADA : 小川町は、俺に早く〜おいでおいでと〜ささやいているのかなぁ。(笑)
ujiie : 間違い無いな!(笑)
制作ディレクター、フォトグラファー:竹下雅哉(ujiie planning office)

アートディレクター、インタビュアー:氏家啓雄(ujiie planning office)

企画、原案:多田誠(TADA)