私が「アグリキュレーターとしての仕事」として設定している業務のなかには「商品を売るのではなく、物語を売る」というものがあります。
これは最近特に農産物マーケティングにおいて注目されている売り方で、
「有機な生きかた」が農から消費者へ農産物が届く過程の始点にある考え方だとするなら、
「物語を売る」は終点、つまり消費者側から見た考え方といえます。
その「物語」にあたる面白い話をいくつか仕入れたので、今回はそれをご紹介したいと思います。
私が受講している明治大学のアグリサイエンス講座(面白いですよ!)で、
野菜ソムリエでもある講師の方から、大根に関するこんな話を聞きました。
昔は大根といえば青首とそうでないものがあったことをご記憶の方も多いと思いますが、
最近スーパーで見かけるものはまず青首大根です。つまり(根、と思ってるかもしれませんが実は)茎の上の方が緑色です。
栽培中に上のほうが土の上に出ているから緑色になるのですが、これは関西のほうの品種で、
関東では全て土の中で育つ「三浦大根」という品種がメインでした。
しかし1979年10月の台風が三浦半島に壊滅的被害を及ぼしたとき、その後種を播けた品種が青首大根で、
その冬暖冬だったこともあり青首がよく育って、農家が大儲けできたんだそうです。
この時を機に青首大根を栽培する農家が増え、今に至るそうです。
これってたとえば、在来種である三浦大根に脚光を当てようとするときに、すごくいい物語になると思いませんか?
台風で駆逐された哀れな三浦大根。昔は関東の人のだれもが慣れ親しんだ味だった三浦大根。
その味の特徴がどんなもので、どんな料理に適していたのか?
そんな話を聞けば、白い首の大根にふと手が伸びる。これが「物語を売る」ということです。
「オリンピア」というレタスの品種についての話もありました。
私が明治大学の畑で定植しているのもこの品種なのですが、
誕生には、名前から想像出来るとおりオリンピックがかかわっています。
それも、東京オリンピック。1964年まで話は遡ります。(懐かしい!と思う読者の方はどのくらいいるでしょうか?)
この頃の日本人には、サラダを食べる習慣がありませんでした。
しかしオリンピックとなると多くの外国人が来日して、サラダとしてレタスなるものを食べることがわかり、
オリンピック開催の10月10日頃に(そう、当時は「夏のオリンピック」ではなかったのです)収穫できる品種を開発したそうです。
それがこの、オリンピア。
東京オリンピックは日本の現代化の大きな推進力となったもので、
東京の高速道路や東海道新幹線ができあがり、これを機にカラーテレビの普及が始まったことも有名です。
そんな日本の黄金時代にできたレタス。ただスーパーに並べているだけだと存在感のない野菜ですが、
もしこんな物語がポップに書いてあったら?「オールウェイズ-3丁目の夕日」じゃないですが、
そんな古き良き光景を思い浮かべながら食べるレタスは格別おいしいかもしれません。
最後の話はフレンチフライについて。10月2日付の日経新聞に載っていた記事です。
日本では「フライドポテト」と呼ばれているけど、世界的には「フレンチフライ」という名前が一般的です。
(2003年のイラク戦争の時、アメリカを痛烈に批判したフランスに反発したアメリカ人が、
「フレンチフライ」を「フリーダムフライ」呼んだ、なんていう話も思い出します。)
しかし、このフレンチフライ、実はフランスの食べものではないというのです。
第一次世界大戦の時、フランス語を話せるベルギー人が、自国で伝統的に食されてきた「フリッツ」という食べものを
米兵に振舞ったところ、米兵がそのベルギー人をフランス人と間違えて「フレンチフライ」と呼んだのが始まりだそうなのです。
ベルギーでは、一家に一台フレンチフライ、いやフリッツ専用の電気調理器があって、
揚げたてのものを家で食べるのが普通なんだとか。
これは、ファストフードの代名詞(ということは中食の代名詞)であるフライドポテトを
自宅で調理して食べる内食に格上げする物語になると思うんです。
自宅でわざわざ揚げて食べるとなれば、じゃがいもそのものにも注目が向くかもしれない。
すると、じゃがいもを売る物語にもなるということです。
ベルギー人をフランス人と間違えたその米兵が、現代の農を活性化するかもしれないなんて、面白い話ですよね!
このように、「物語」という付加価値をつけるだけで、ありふれた農産物の新たな面を切り出すことができるのです。
その力で農を活性化し、中食化を防ぎ、日本の食卓をより健全なものに変えることもできると思っています。
物語は薀蓄である必要はなく、作った人の思いや、消費者に届けられるまでの道のりでもかまわないのです。
そういう、ひとつひとつの物語を掘り起こすことで、農産物と消費者の新しい結びつきを作っていく。
私はそれが「アグリキュレーター=結びつける者」としての重要な役目だと思っています。
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